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日本最西端駅到達記念旅行!!(05年4月30日〜5月2日)

行先:九州&近畿(長崎・京都)
旅費:内緒(><;)

プロローグ

毎年のようにゴールデンウイークが迫ってきた。
今年はいつもの年と違い途中平日も存在するが、それを休日に振り替えると最大10連休も出来る年であり、
うちの会社も7連休と夏休み並みの休日であった。
個人的に休日全て家で何もせずにダラダラ過ごすのが嫌い派なので、連泊で旅行へ行く計画を打ち出した。
幸い、オフ会の予定も無かったので自由に決められた。

毎回だが旅行に行くと決めても、行先だけは手持ち資金と相談して決めなくてはならないのが大変。
さすがにゴールデンウイークとくれば予約はあっという間に埋まってしまうのだ。
冬に購入したJR時刻表をペラペラとめくりながら、色々なプランを考えながら決めていく。
最終的に決まったのは九州の長崎方面。
九州方面と決めたきっかけは、のぞみ号の東京〜博多間を乗りつぶそうと考えたから(何

2泊3日に至った今回の旅行、写真などを載せて追っていく事にする。(後日、全ての写真を掲載予定)

いざ長崎へ

出発日当日(4月30日)の早朝は風は少し冷たかったが快晴。
早朝といえどこの時期となると5時台でも既に明るいのが何ともいい。
毎度の京成と総武快速線を乗り継ぎ東京駅へ。
6時台なのにも関わらず、既にたくさんの旅行者らしき人でごった返していた。
無論、私と同じで東海道新幹線の改札口へと向う人も多い。
毎回改札をくぐって思うことだが、JR東日本管内とは思わせない感じが一気に旅行していると言う感じを与えてくれる。
『改札くぐるとそこはJR東海』というべき感じか・・・。

ホームに上がると既に乗車する300系のぞみ171号博多行きが停車していた。
実はいうと300系としてののぞみに乗車するのが今回が始めてなのである。
今まではひかりでしか乗車していない300系、元はのぞみ用に開発された車両なのだからその運用についていても不思議ではない。
東京寄りの先頭車を写真に収めてから、飲み物を買い乗車。
入線から発車までわずか6分、乗車して直ぐに列車は東京駅を離れた。

 322−9 のぞみ171号博多行き

東京駅を出ると新幹線にしてはカーブ区間が多い上に、次の停車駅の品川駅とは大した距離も無いので大したスピードも出さずに走行。
出来たばかりの品川駅へ列車はホームへ進入、乗客はそれなりに乗り込んできた。
そこで思ったが自分が乗車している席は扉の直ぐ近くなので、定位置に停車する際にジロジロと人々の視線を注がれる。
これにはさすがに参ったが、指定席なので席を替えるわけにもいかず、進行方向右側にホームが無い事を祈るばかりであった(><)
結局、名古屋駅だけそちら側になってしまったので恥ずかしかった、おまけに乗客も半端ではなかった・・・。

新大阪まで来るとさすがに300系の座席は座りにくいと感じてきた。
幸いに後ろには座席が無いので背もたれを後ろに下げてゆったりとした姿勢で乗る事に。
博多に着くまではロクゼロ4をプレイしたり、MDを聞きながら景色を見たりして過ごしていた。
山陽新幹線内ではトンネルが70%近くを占めているだけあって、ほとんどトンネルの記憶しかない。
トンネル内での500系とのすれ違い時の衝撃は凄かったな〜。

そして、300系のぞみは本州を離れて、九州の小倉駅に滑り込む。
小倉を出てもトンネル区間は続くが、時々出る山の景色は何処か本州と違う雰囲気をかもし出している。
九州は本州とまた違った山なので、景色としては飽きさを感じさせない。

約5時間17分をかけて終着博多駅に到着。
外へ出ると関東とは違い軽い湿気を帯び気温も高く半袖でもいい位の過ごしやすさ。
乗り換えの為に新しく設置した自動改札機を越えて新幹線口から乗り換えようの在来線口に。
既に乗り継ぎ列車の白かもめと呼ばれる885系かもめ19号長崎行きが停車中。
写真を撮っていたせいか時間も無くなり急ぎで弁当を買い込み飛び乗り乗車。
ところが何かあったせいか4分遅れで博多駅を出発。

 885−6 かもめ19号長崎行き

車内は思った以上に混んでおり長崎方面への乗車率は高いと感じられた。
早速駅で購入したばかりの筑前弁当を食しながら風景をみていたが、列車は度々停車。
そして遅れを取り戻すかのように速度を上げていく。
つい塚口で起きた207系列車脱線事故を思い出し、遅れてもいいから無事に着いてくれればいいと願ってしまった。

車内は比較的過ごしやすくゆったりとした座席で豪華さを覚えた。
さきに乗車した300系とは比べ物にならないほどでもあった。
肥前山口を過ぎて長崎本線内にはいってからは、進行方向左側に海があらわれまさにオーシャンビュー。
千葉の外房線のような雰囲気もあり何となくいい感じ。
その途中で乗務員からの放送が入り、長崎についてや観光などの紹介が始まった。
到着前にこのような紹介があるのには個人的にグッド、色々何処へ行こうか想像にふけられる。
そんな思いとは裏腹に天気は長崎に近づくにつれて悪化していく一方。
諫早駅の前ではとうとう雨も落ちてきてしまった、この先晴れる事を祈りつつかもめは長崎へと到着した。

長崎

祈りもむなしく長崎は小雨が降る観光には適さない天気だった。
長崎では時間をたくさんとっているので、観光施設を巡りながら路面電車も完乗する事が目的。
まずは観光案内所で路面電車の1日乗車券を購入(500円)。
路面電車の運賃は何処まで乗っても100円なので、大して乗らなければそれを購入しなくてもいいのだが
完乗する為や施設を巡るという事であれば、こちらが断然得と言う事である。
それにしても20年以上100円運賃で、それで黒字収支というのは素晴らしいと感じる。

長崎駅前〜築町経由〜石橋に到着、石橋ではグラバー園、国宝大浦天主堂を観光。
だけどグラバー園は時間の都合上飛ばして、国宝大浦天主堂に行く事にした。
教会というようなイメージしかなかったが、窓のステンドグラスは綺麗だった。

石橋〜築町経由〜正覚寺下、こちらは完乗目的。
正覚寺下〜賑橋、賑橋は眼鏡橋の最寄り駅である。
天気も悪かったがしっかりと影が出ており、眼鏡のような感じになっていた。
写真撮影はこちらへと書かれた橋もあり、実に撮影ポイントを探す事無く撮影できた。

賑橋〜蛍茶屋、こちらも完乗目的。
蛍茶屋〜桜町経由〜松山町、松山町は平和公園、原爆落下中心地、原爆資料館、浦上天主堂の最寄り駅。
まずは平和公園へ、高台にあり緩やかな階段を登ると教科書などで見た事のある像が見えてきた。
それこそ平和の象徴を表している平和祈念像である。本などで見るよりとてもでかく感じられた。
次に浦上天主堂へ、国宝大浦天主堂よりも内部は広く感じられた。
原爆資料館に辿り着く頃にはいつの間にか17時を過ぎており入れるかどうか心配になったが、何とかセーフ。
資料館の中身としては、広島の方がボリュームが多かった気がする。
焼け野原と化した中からこれだけの資料があるというのには驚き。
時間も短かったので殆ど早歩きで回ってしまったが、全ての資料を一応全て見れたのでよかった。
最後に原爆落下中心地を訪れた、中心地まで来るとここの上空で原子爆弾(通称ファットマン=太っているという意味)が
炸裂して一瞬にしてたくさんの人々が亡くなってしまった事に対して深く悲しみを覚えた。
当時の地層も見れるというので見たが、今でも地中にたくさんの遺留品が埋まっている事に驚いた。
いくら痕跡を埋めたとしても人々の悲しみや傷跡は埋められないと感じた。

あまりにも荷物が重く、これ以上行動しても疲れるだけなので一旦ホテルへチェックイン。
その後は、完乗目的で終点の赤迫まで乗車した。
それからは築町まで戻り、日本三大中華街の新地中華街を訪ねた。
すでに21時を過ぎていて大半の店は閉めていたが、辛うじてやっていた店で名物の長崎ちゃんぽんを食す。
長崎まで来た割にはそこの店の味はいまいちでガッカリorz

午後からの雨は酷くなりまるで
バケツをひっくり返したようなドシャ降り、逃げるようにホテルへ戻り一夜を過ごした。

いざ日本最西端駅へ

一夜を明けて昨日のドシャ降りの雨は止んだが、相変わらず曇りがちの天気。
ホテルのサービスの朝飯を平らげ長崎駅へ向うが、何か様子がおかしかった。
どうやら大雨の影響で長崎本線のダイヤが大幅に狂っているとの事。
昨日のかもめが遅れたのもこれが原因かと思ったが、結局何が原因だったかは不明。
しかし、これでは今回めぐる完乗プランがダメになってしまうではないかと思ったが、
大村線経由の列車は遅れはあるが、問題はないという事でほっと一安心。

既に入線していたキハ65形快速シーサイドライナー佐世保行きに乗車、
基本はシーサイドライナーと英語で書かれた青地のキハ65形だが、増結で付いてきたのは国鉄色でした。
定刻より10分遅れての出発、気動車は関東じゃ滅多に乗らないのでいい体験。
加速している最中のエンジンのうなり音、そしてニュートラルにしての惰性走行時に急に静かになるギャップがいい。
シーサイドライナーという名が付いているだけあって大村線内は海沿いを中心に走行するのがいい。
そうこうしている内にハウステンボス駅に到着。
今までの古びた駅とは違い急に新しい感じの駅に列車は進入。
運河を挟んだ島にあるのがオランダをイメージしたテーマパーク『ハウステンボス』である。
今回は寄るつもりではないので横目に見ながら列車は駅を出発。
早岐に到着、ここで一旦博多方面への佐世保線へ乗り換える。
駅構内には臨時で来たと思われる415形が停車中、常磐線の415形と同タイプだが配色や内部構造が若干違うのが特徴。
でも前面を見る限りでは、方向幕以外は同じだったはずなので懐かしさを覚える。

ここで本来なら乗り換えられるはずだった普通列車がすでに行ってしまい、
仕方が無いので特急みどり号に1駅間の為だけに乗車。
着いたのは有田駅、ここからが今回の日本最西端駅をもち日本最西端の私鉄『松浦鉄道(MR)』に乗り換える駅である。
一旦駅を出てMRフリー切符を購入、これだけ松浦鉄道全線に乗り放題である。
鉄道線全線に乗車すると2430円かかるのだが、これは値段が1700円なので700円以上は得する。
ちなみにこれは休日用なのであしからず、詳しくはHPなどを閲覧。
ついでに時間もあるので駅前をブラリ〜、有田陶器市が開催されていると言う事で駅前は賑わっていた。

時間になり列車は学生などを乗せて有田駅を出発。
単行列車ゆえに景色も田舎の様なのんびりとした時を刻みながら走行。
列車はあっという間に伊万里駅に到着、ここで佐世保方面への列車に乗り換えるのである。
旅行者らしき人やここでも日曜日なのに学生を乗せて伊万里駅を出発。
松浦に到着するぐらいだったと思うが、進行方向右側に海が現れてまさにシーサイドビュー。
しかし、あいにくの曇りがちの天気だったので景色としては最悪、晴れていれば最高だったんだけどな・・・。
仕方が無いので座席の前の方で前方の景色を眺めながら旅を満喫していた。
それにしても、運転手が行き違い時や走行中に携帯電話やボールペンをいじりながら走行していたのには唖然。
事故が起こるかもしれないという考えは無いのかとギモンに思った。

日本最西端駅!たびら平戸口に到達

まぁ、そんなこともありながら無事に列車は日本最西端駅のたびら平戸口に到着した。
駅は2面3線もあり珍しく駅員在中であり、売店もあり途中駅にしては中々の良さ。
早速、窓口でHPを見て知った日本最西端の駅、訪問証明書を発行していただく。
ナンバーは755番目、それなりに人が来て発行してもらっているんだなと思う。
2桁だけぞろ目なのが、何ともラッキーと感じてしまった。
外に出ると日本最西端ということを示す碑や他の日本最北端・最東端・最南端を示す
地図などもあった。
よーく考えると最北端と最西端を除けば他の駅は無人駅なんですよね・・・。
しかし、駅の外による所も無いので駅構内の鉄道資料館を閲覧。
ここにきて始めて知ったのが、松浦鉄道は元国鉄(JR?)線だということであった。
それで接続駅の一部はJRとホームを共有しているわけだ。

 日本最西端駅 訪問証明書

佐世保行きの折り返し列車も到着して乗り込むが乗客は私を含めて2人、何とも寂しいものだ。
しかし、途中駅から少しづつ乗車して佐世保中央に着く頃には10人以上はいました。
大半は学生ですが、ゴールデンウイークの日曜日だというのに学校があるんですね、それとも部活かしら・・・。
佐世保駅から長崎へはJR利用ですが、時間もあるので駅を降りてみる。
駅の外にはJR線としての日本最西端を駅を示す碑もあり、1日で最西端駅を2度も巡ることになった。
相変わらず天気は曇りがちで、キハ65形佐世保発の快速シーサイドライナーに乗車。
今回は海側の座席に座ったが、曇りがちの影響か霧も出ており海を全て見渡せるような状況ではなかったのが残念。
諫早で旧長崎本線も完乗する為に下車、島原鉄道の車両も撮影し旧線ルートを通る列車に乗り込む。
かつてはこちら側が本線だったが、カーブや非電化、それに時間がかかり過ぎるという事で短絡線を建設。
その結果、こちら側が一気に寂れてしまった感じ。

長崎へは向わずに途中駅の浦上で下車、駅写真を撮る事が目的だったり。
最後にもう一度、長崎市内を巡ってから駅前で家族への土産や駅弁を購入して改札をくぐる。
この列車を待つ時間というものがまた何ともいい。
暇つぶしに買ってみた豚の角煮を挟んだ饅頭を食べたがこれがまた上手いのなんのお土産として急遽、買って帰る事にした。
そして、乗車する列車が到着。長崎からの最後の寝台特急となってしまった京都行きの寝台特急あかつき号である。
今までは相棒の東京行きの寝台特急さくらもいたが、前回のダイヤ改正で消滅してしまった。
無論、今回これに乗るのも目的の1つ、近い内に消えてしまいそうな予感がしたので決めたのである。
荷物をベッドに置いてようやくほっと一息する瞬間が何とも言えない。
ロクゼロ4やロックマンエグゼ4.5をやりながら、駅弁も食してからベッドに横になった。
それからしてしばらくの後、眠りについた・・・。

京都そして東京へ

三ノ宮に着く頃には目も覚めて、景色はいつの間にか都会のど真ん中。
大阪、新大阪と停車して終着京都に定刻通りの7時53分に到着。
京都駅は朝のラッシュで混雑していた、何気に今日は休みでない人にしてはただの平日。
平日に関西に来る事も滅多に無いのでいい感じにひたっていた。
ここからは特にする事も無く、京都駅から山陰本線の二条駅、地下鉄線に乗り換え三条京阪へ。
京阪へ乗車しようという考えはあったが、それだけで東京へ戻るのもなんだったので、
叡山鉄道の先の比叡山・延暦寺を見てから帰ろうというプランになった。
出町柳駅では以外に観光客もおり、義経で有名な鞍馬へと向う人も多かったが私はあえて比叡山方面へ。
それにしても、長崎観光の後で比叡山を見るというのも私だけかと思ってしまった。
ケーブルカーやロープウェイ、バスを使って延暦寺入り口に到着。
さすがに山の上は涼しくて気持ちいい、景色も京都市内を一望でき碁盤目の形がよく解る。

延暦寺もじっくり回った所で思い荷物を持っていたせいかとても疲れたので、
延暦寺入り口の茶屋でくずきりを頂く、暑くなった体にはとても冷たく感じて上手かった。
疲れも増したせいか昼過ぎ位には出町柳まで戻ってきた。
ここから大阪へ出る為に始めての京阪電鉄を利用する。
3扉の9000形が停車していたが、次に来る2扉車の特急まで待つ事に。
直ぐにその2扉車の8000形特急は到着、この列車を待った目的はダブルデッカー車に乗車する事である。
地下区間でも2階席から眺める眺望は実にいい、三条、四条、五条、七条と似たような駅名を通りながらようやく地下区間から脱出。
しかし、地上に出てもカーブ区間が多いせいか思った以上にスピードが出ない。
この感じがとても京成に似ているのに対して親しみを覚えた。
4線区間に入っても相変わらずで京橋駅へと到着、そのまま乗車しつつ終点の淀屋橋駅へと着いた。
そのまま、ついでなので日本橋へと向うが余り時間もとれず行って終わった感じになってしまった。
日本橋、東京では『にほんばし』とよむので、『にっぽんばし』と読む事に対して違和感を感じる。

御堂筋線を利用してそのまま新大阪へ、300系ひかり418号東京行きの切符を購入し乗車。
行きも帰りも300形車両を利用するとは思わなかったが、ひかりを選べばそうなるのは見当はついていたが・・・。
席に荷物を置いて家族に夕飯をいると車内で700形テレカを買ってまで電話をしたがまさかこうなるとは。
ちなみに携帯は写真を撮っていたせいか充電切れして使い物にならなくなっていた。
2回ぐらいはつながったのだが、2回とも電話番号を間違えたので3回目に電話をかけようとテレカを電話機に入れるが、直ぐに戻ってきた。
んっ、と思ったが何度もテレカを電話機に入れるが直ぐに出口から出てくる始末。
仕方が無いので始めて車掌を呼び出すボタンを押して事情を説明。
もう既に京都に迫ってきた時に車内販売員の女性が来て、事情を説明して電話機にそのテレカを入れて実演してみる。
無論駄目な訳ですが、テレカが悪い時と電話機が悪い時では、前者の対応が車内販売員、後者がJR東海車掌という役割持っているらしい。
丁度、JR東海の女性車掌が来て事情を説明して対応してくれた。
結局、テレカが悪かったせいということだったが、携帯電話の普及であまりにも買われなくなったので
おかしくなったんじゃないかと思ったが、真意は不明である。
それにしても、危く電話機を壊してしまったのかと焦りましたよ・・・。

ほとんどその事で色々やっていたせいか、新大阪から乗車したにも関わらずようやく席に座れたのは米原を過ぎた辺りだった。
一先ず腹が空いていたので、新大阪で購入したその名も新幹線という名の駅弁を食べて一息。
ところが変電所にヘビが絡んで停電になった影響もあり、列車は10分以上遅れていた。
事情は解らなかったが、ヘビが巻きついて停電になった話には驚いた。
名古屋では211系と313系の併結運転も走っており、写真を撮りたかったなーと後悔の念。
まもなく東京といった所で隣を走っている東海道線の211系と並列走行。
車内はサラリーマンで混雑しており、反対にこちらはガラガラの新幹線。
何か優越感を覚えながらゆったりと乗車し、遅れながらも無事東京駅へと到着。
混雑の総武快速線と少し余裕のある京成線を乗り継いで自宅に帰宅。

自宅では親があれ今日帰ってきたのと困惑気味、夕飯を用意してないとの事。
何だよ新幹線であれだけの問題があってようやく電話をかけて了解していたのにそれはないよとガッカリ。
つまり結局、色々車掌が対応してくれた事や新大阪〜米原間を立っていたのが無駄だった事が

旅行の疲れよりも
一番疲れたorz

エピローグ

今回は始めて日本最西端駅到達という旅となったが、こういう目的をもって旅をするのもいいかと思った。
まだ残り3つの日本最北端・最東端・最南端が存在するので是非行ってみたい。
それに今回はのぞみの東京〜博多間の乗車などを達成したり、
電話機が使えない事や列車が遅れたハプニングなども以外に旅行の思い出となった。毎回起きるのも困りものですが・・・。
それに天候というものは実に旅をしていると深く関わってくるものと改めて感じた。
折角、遠出するのであれば天気は晴れが一番ですね。

次は何処へ行こうかな!?

おまけの今回乗車した鉄道区間

・東海道山陽新幹線(東京〜博多)
・長崎本線(鳥栖〜長崎、喜々津〜長与経由〜浦上)
・長崎電気鉄道(全線)
・大村線(諫早〜早岐)
・佐世保線(佐世保〜有田)
・松浦鉄道(有田〜伊万里、伊万里〜たびら平戸口〜佐世保)
・鹿児島本線(鳥栖〜門司)
・山陽本線(門司〜京都)
・山陰本線(京都〜二条)
・京都市営地下鉄東西線(二条〜三条京阪)
・叡山電鉄(出町柳〜八瀬比叡山口)
・京阪電鉄(出町柳〜淀屋橋)
・大阪市営地下鉄御堂筋線(新大阪〜なんば)
・大阪市営地下鉄千日前線(なんば〜日本橋)

 

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